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任天堂の「さりげない多様性」の功罪。『あつまれ どうぶつの森』は誰を尊重していたのか
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  • 2020.08.18
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任天堂の「さりげない多様性」の功罪。『あつまれ どうぶつの森』は誰を尊重していたのか

コミュニケーションゲームという原点

そもそも、Nintendo 64のディスクドライブ(※)で開発を予定されていたプロトタイプ版の『どうぶつの森』は、今わたしたちが目にするような「どうぶつ」も「森」も存在していなかったことをご存知でしょうか。

※従来のカセットと比べ大容量のデータを書き込めるディスク読み取り用の周辺機器。

当初、Nintendo 64と比べて大幅に増えたディスクドライブの容量を活かし、「コミュニケーションフィールドを提案する」という計画のもと、広大なフィールドの中に複数の島やダンジョンがあって、そこを複数人で冒険する、MMORPGのようなゲームだったようです。

ただし、Nintendo 64はNintendo Switchのように本体にオンライン機能は搭載されていなかったため、いかに複数人が無理なく家庭内で遊べるかが課題でした。その肝となったのが、「時間システム」です。

冒険の途中で躓いても後から他のプレイヤーが助けに入ったり、自分が先んじて攻略したダンジョンのヒントをゲーム内にメモとして残すなど、時間差でプレイヤー同士がフィールドを共有しつつ、一緒にコミュニケーションを取りながら遊べるゲームとして考えられていました。

ところが開発途中に計画が大幅変更。開発チームはディスクではなく、より容量の少ないカセットでの開発を余儀なくされたため、従来の複数の島やダンジョンという計画は破綻してしまいました。

しかしここが任天堂のすごいところ。既存の「時間差でコミュニケーションが発生するフィールド」を残しつつも、元々予定していた複数の島やダンジョンを「冒険する」という内容を、1つの島に「定住する」というものへ変更してしまうんです。森に定住し、自分の家を持ち、どうぶつと近所付き合いをする。現在採用されているゲームシステムは、ここでようやく生まれました。

このように、タイトルにある「どうぶつ」も「森」も、開発初期では一切想定すらされていなかったのです。それどころか、大人の事情による大幅な制約を課せられた状況で生まれたのが、「どうぶつの森」でした。暴力や目標を欠いたアンチテーゼも、あくまで後天的に生まれたもの。「コミュニケーション」を中心にゲームを作る上で、最適なシステムが「どうぶつ」であり、「森」であったのです。

ところが、そうした技術的な制約があったからこそ、どんなプレイヤーでも楽しめるようなダイバーシティが生まれました。コミュニケーションとは本来1人で成立するものではありません。そこには人種や性、価値観といったものを超えた複数の人間同士を結びつけるものが必要。とりわけ、本作に登場する400名近い住人たちの存在はまさにその多様性の象徴だと言えます。ゴリラやゾウのような住人、猫や犬のような住人、果てはたこ焼きのような住人が同じ島に住み、ごく当たり前のようにお互いを尊重し、共同生活を送るところに、多様性の議論で揺れる現代社会のユートピアを見出すことができます。

どうぶつの森には、敵もいなければ、仲間もいません。同じ知性を共有する住人とは全く対等な関係が構築されており、彼らに多少のいたずらをすることはできても、彼らの財産や身体を傷つけることはできないのです。ゲームシステム上、あくまでNPC(ノンプレイヤーキャラクター)に過ぎない住人たちの人権は尊重され、彼らの独立が保証されています。プレイヤーは彼らと会話や交換はできても、搾取や略奪は許されない……。彼らとの交流が、実質的に他プレイヤーとのコミュニケーションのためのチュートリアルとして機能しているわけですね。

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