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岸田政権の「グダグダ」は日本が「本当の対話と改革」を実現するための予兆である【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(26)
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  • 2021.12.30
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岸田政権の「グダグダ」は日本が「本当の対話と改革」を実現するための予兆である【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(26)

3:国レベルで見た時の「無駄な罵り合い」の例

養父市国家戦略特区パンフレットより

そういう「本来ちゃんと話せばスルスルと進むところを無駄に罵り合いにしている例」として、兵庫県養父(やぶ)市の農業特区の話があります。

この市では農業法人以外でも農業参入できる特区の規制緩和が行われていたんですが、それを全国でも認めるかどうかについて2021年の初めごろ紛糾していたんですね(結果として全国展開は見送りになりました)。

「こういう話題」があると、インターネットのSNSではもう脊髄反射的にイデオロギー的に敵と味方がわかれる紋切り型の大論争が始まるじゃないですか。

読者のあなたの頭の中にも、既に

こうやって日本は自分の既得権を守りたい抵抗勢力どもが新しい試みを潰そうとするんだ!

なのか、

こうやつて、人間の根本たる“食”につゐても、ケガラワシイ企業どもに担わせむとする強欲な資本主義の世界から、私達にんげんはどうやつて脱却していけばいいのだらうか

なのか、お好みにどちらかの脊髄反射が浮かんできているのではないかと思うのですが。

正直言って私もニュースを聞いた瞬間は前者の方で「論戦」に参入しようとしてしまったのですが、クライアントの農家のおっちゃんといろいろと事情を調べながら議論をしたところ、そう単純な話でもないことがわかってきたんですね。

というのは、今でも株式会社が農地をリース契約して参入するぶんにはほとんど規制はないぐらい「改革」は進んでいるからです。

これは企業が農地を「購入」して農業をやる場合のみの規制で、そうしたい場合でも農業法人を作りさえすればいいので実質的には既に規制はほとんどないに等しい。

今回特区の全国展開が見送られたのも、そもそも養父市の事例でも企業はリース契約で参入している事例がほとんどだったからだそうです。

だから「養父市の成功事例」を全国展開することは、別に明日からでも何の問題もなくできる。ただ農地の規制を完全に撤廃すると乱開発の問題が持ち上がったりとか色々不具合が起きる可能性があるので、形式上の規制が残してあるだけらしい。

日本の官僚制度は、確かに仮想通貨とかの最新の話題で後手後手に回りがちではあるものの、こういう分野の細部の差配は結構信頼できるな…と最近私は感じています。

勿論いかにも時代遅れな分野も散見されるものの、大部分ではいちいち「官僚を過剰に悪者にする」論者は、それを利用して悪どく儲けようとしているか、全部を「単純に図式化された政治論争」に変えたがる実態を知らない論客なのか、どちらかではないかと思います。

つまり、こうやって実態を事細かに見てみれば、なんかもう幽霊相手に喧嘩しているような状態は、他の領域でもかなりの数ありそうだなという感じがしてきますよね?

4:「幽霊相手のケンカ」をやめて、単に工夫を持ち寄れる風土づくりをするべき

そういう「幽霊相手のケンカ」の例として、今年10月末の衆院選でも日本維新の会が「いかに日本が古い既得権益層に牛耳られていて新しいチャレンジができない社会なのか」の「事例」としてこの養父市の話を扱っていたんですけど(笑)。

こういう「幽霊相手のケンカ」にエネルギーを浪費するのはそろそろやめるべきではないでしょうか。

地方では耕作放棄地が増えすぎて何かしないとどうしようもないのは明らかなので、「すべてがイデオロギー対立に見えるビョーキ」の人が多い団塊世代が引退し始めた昨今では企業体による営農に否定的な人なんてほとんどいないわけです。

養父市の事例がうまく行ったのは市長が旗振りをして関係者の間を取り持って具体的に動かしたからであって、「抵抗勢力をぶっ壊せ!」とか騒いだからではない。

私は学卒でマッキンゼーという「アメリカのコンサル会社」に入った後、こういう手法って大事なのはわかるけどこればっかりやってたら社会が真っ二つに分断されちゃうよな…と思って、それ以降「日本の現場レベル」の仕事をアレコレ実体験として潜入してやったあげく中小企業コンサルティングをやっている人間なんですけどね。

その経験から言って、日本の中小企業や農家の「横の相互研鑽力」みたいなのって相当すごいものがあるんで、「こういうのがいいらしいよ」っていうことを単純に共有できるようになれば凄いスピードで変化が起きるんじゃないか?という感じがします。

個人主義のインテリ階層が嫌いな「日本社会の自然的な連携力」を否定せずに、そこと協業して活かすように持っていくことが大事というか。

大事なのは「アメリカ型の隅々まで言語化された議論」を末端まで押し通そうとするんじゃなくて、「日本的な組織・社会」が持つ特性を否定せずにそのまま活かす形で、縦横無尽に勝手に広がる伝播力をいかに活用できるかどうかで。

醸造食品を作るような「微生物さんたちの力」を否定しないような関わり方を工夫する必要があるというか。

今はそこで「工夫自体を単純に共有する回路」が、「全部がイデオロギーに見えるビョーキ」の人たちが敵と味方に分かれて大声で罵り合っている声にかき消されてしまっているのではないかと思うんですね。

単に

「養父市じゃこうやってうまく行ったらしいよ」

「なるほどウチでもやってみよう」

という工夫の共有がなんのこだわりもなく日本全国で縦横無尽に起きるプロセスを、概念志向で頭がいっぱいになったインテリが邪魔しないことが大事なんではないかと。

次ページ 5:岸田首相がグダグダなのは仕方ない。どう活かすかが大事なのだ。

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