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ウクライナ侵攻で【憲法9条は死んだ】のか?「リアルなリベラル」に脱皮するための議論をしよう【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(29)
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  • 2022.03.04
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ウクライナ侵攻で【憲法9条は死んだ】のか?「リアルなリベラル」に脱皮するための議論をしよう【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(29)

2:過剰な軍拡を避けたい人が考えるべき「メタ正義」の問い

先月出した私の著書『日本人のための議論と対話の教科書』からの図に沿って、「軍拡方向の議論」を避けたい論者が考えるべき「メタ正義的な視点」を考えてみましょう。

まず「質問1」であなたの「論敵」が誰かを考えてみます。たとえば「核シェアリング」の検討を主張する安倍元首相があなたの「敵」であるとしましょう(賛同する保守派の読者の方は「敵」扱いされて印象が悪いかもしれませんが、文量の関係上とりあえず「片側から」だけの記事となることをお許しください)。

大事なのは「質問2」です。

「相手の存在意義について考える」というのは、必ずしも「相手が言っていることそのもの」ではありません。しかもそれを、単に「時代遅れの家父長制にしがみつく老害政治家アベが、自分のマッチョ幻想に日本人全員を引きずり込もうとしているのだ」的な「リベラル派による倫理マウンティング」をするのではなく、ちゃんと「そういう議論が行われる意義」に真摯に向き合うことが必要なのです。

そうすると、実際にロシアのような大国が核を脅しに使いつつ他国を蹂躙する現象がある以上、核抑止力による均衡状態を維持することは人類社会にとってどうしても避けられない課題であることが見えてきます。

その後「質問3」を考えてみましょう。

今度はあなたが「敵」を「敵」だと感じる理由を掘り下げてみます。際限のない軍拡方向の議論が進むことは周辺諸国との緊張を高めて戦争を近づけてしまうのではないかとか、核を持つ国が際限なく増えていくことによるさらなるリスクなどが考えられるかもしれない。

…と準備をしておいた上で、最重要な「質問4」に向き合うことが「ベタな正義」から「メタな正義」へと飛躍するための大事な転換点になります。

「敵の存在意義」を消滅させられる、かつ自分たちの価値観的にOKな解決策を責任持って準備する

ウクライナ情勢が「日本の過剰な軍拡志向」につながらないために必要な、リベラル側に必要な態度はこれらの問いに答えることです。

「核シェアリング」の議論が出てきたら、そこで「被爆者の気持ちを考えろ!」「おまえは戦争をしたいんだな!」的な「倫理マウンティング」をするのではなく、「核抑止力の均衡を維持する」という相手側の存在意義に乗っかった上で「もっと良いやり方」を相手よりも真剣に考えること。

具体的に言えば、国内のリベラル派の人や、特にリベラル系メディアの中の人にお願いしたいのが、たとえば安倍氏が「核シェアリング」について言及したというようなニュースが流れた時に、第二次大戦後80年近く紋切り型で続けてきた「倫理マウンティング合戦」をはじめるのではなく、ちゃんと上記の高橋杉雄氏のような専門家に取材して議論を整理することです。

そもそも、単にいつもの「紋切り型の罵り合い」ではなく本当にこの人類社会の危機に対する真剣さがあるなら、そういう情報をちゃんと知らなければと思うのが自然なはずです。

ここ数年いわゆる団塊の世代が後期高齢者となって「あらゆる事が政治闘争に見える」世代が引退するようになり、30〜50代の中堅世代が主導権を握るようになってきたことで、日本のメディアも随分変わってきたところがあると私は感じています。

あらゆるニュースに「いつもの右と左の政治対立」の角度で脊髄反射するのではなく、「実際のところどうしたらいいのか?」を掘り下げる報道をするべきだという話を私はウェブ記事や著書などでよく書いているのですが、同年代のメディアの中の人などから賛同の声を頂くことも多い。

安倍氏が「核シェアリング」の話を出した→核シェアリングってなんだ? 専門家に聞いてみよう!→専門家の知見を借りて、核抑止力の均衡を維持しつつ核の過剰な拡散によるリスク要因も回避できる最適な案についての議論を深めよう!

こういう議論がスムーズかつ具体的に深まっていくなら、「右の人」も「左の人」でも、ちゃんと「問題解決を目指す真剣さ」がある人なら同じテーブルに乗って考えることが可能になります。

今はまだ「いつもの思考停止の倫理マウンティング合戦」になりがちなので、「現実的対処」を求めるエネルギーが行き場を失って、強引でも軍拡寄りの対策を求める議論に引っ張られていってしまうことになる。

「改憲議論」に対する「護憲派」の議論も、本来こういうものであるべきではないでしょうか。

これから、年々引きこもりがちになるアメリカ国民の欲求と、軍事費を急激に伸長させる中国に挟まれ、それでも軍事的均衡が保たれ、ちょっとした思いつきで「やっちゃえるかも?」という行動を誘発させないようにするという難しい課題に対して、保守派は保守派なりの「対応策」を次々と提案してくるでしょう。

その「保守派から投げられたボール」から逃げずに、一個一個具体的に取材し、リベラル派なりにOKな範囲内でのリアルな解決策を提案していくこと。そういう打ち返しを丁寧にやり続けることができれば、保守派側が際限なく「最大限の軍拡」を求めてしまうエネルギーをはじめて抑止することが可能になる。

保守側にも、「安全保障の効果を最大化させる」ということは「いつでも最大限の軍拡を目指す」こととイコールではないと理解している人は沢山います。

しかしリベラル派があまりに空疎な「自分たちの内輪でしか通用しない倫理マウンティングによる勝利宣言」みたいなことしかしていなければ、「保守派の中の良識派」も「いつでも最大限の軍拡路線」勢力に参加するしかなくなってしまう。

日本が「改憲せずに済む」かどうかは、リベラル側が「20世紀型の空疎な理想主義を振り回して現実への対処を考える人達をバカにする」態度をいかにやめられるかにかかっているのです。

「今後保守派側から次々と投げられるボール」を、いかにひとつずつ丁寧に打ち返していけるか?そこに「双方向」の対話が生まれれば、日本における安全保障議論が急激に「リアルな」ものになっていくでしょう。

ちゃんと具体的な事実関係に詳しい専門家を大事にして取材し、リアルな議論をすることが大事です。そうでなく「何が話題でもいつも一緒の紋切り型の倫理マウンティング」を放言するような、古い世代の左翼論客さんたちとは、徐々に距離を置いていきましょう。そうすれば「過剰な右傾化」だって真因から解決できる情勢にもなります。

3:現実問題に取り組む人をバカにして騒ぐ議論を乗り越えるチャンス

今回ほどの世界史的大事件があれば、今までとは同じ議論ができなくなるのは当然のことです。

しかしその「変化」が、日本社会における「いつもの紋切り型の罵り合い」をもっと「有益な議論」に転換するキッカケにできればいいと私は考えています。

過去何十年もの間の日本では、「現実的課題に取り組む議論」を「紋切り型の党派的な罵り合い」が吹き飛ばしてしまうようなことが常に起きていました。

今回の事件が否定し得ないものとして教えてくれるのは、例えば米中冷戦時代の軍事的勢力均衡を維持し、「攻め込んだら無傷ではいられない」状態であるというメッセージを適切に維持しておくことの重要性でしょう。

過去の理想主義は「それ」ごと否定してしまおうとするから、「平和を維持するための現実的対処」を崩壊させないために、細かい理不尽を改善していく活動すら安定的にはできなくなってしまう。

図式的に単純化して言うなら、「東アジアの軍事的均衡を維持する必要性」を保守派よりもっとさらに真剣に考えている姿勢をリベラル派が見せることができれば、米軍基地の兵士の不品行をキッチリ裁いていくことも可能になる。

「平和を守るための現実的対処」ごと吹き飛ばしかねない情勢になればなるほど、どこかで強権的な反発が起きて「細かい理不尽」が放置される現状に甘んじてしまうことになる。

「現実的な対処を積み重ねようとしている人たち」をバカにするタイプの議論をやたらもてはやすような風潮を、変えていくべき時が来ているのです。

次ページ 4:今後の日本の役割は、ロシアをかばうことではなく『鬼滅の刃』的解決の道を示すこと

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