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「20代男女の壮絶な対立」を顕にした韓国大統領選。二者択一の極端志向から脱却する道を考える【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(30)
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  • 2022.03.11
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「20代男女の壮絶な対立」を顕にした韓国大統領選。二者択一の極端志向から脱却する道を考える【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(30)

5:「お互いの違い」を尊重しあえる日韓関係に

過去10年ほど「韓国型に極論で急激に変えていく」方法に憧れる日本国内の左派の人が、韓国を何から何まで美化する傾向があって、それはそれで不健全だなあと思って見ていました。

SNSで「さすが韓国!時代遅れのアベが支配する日本とは違いますね!」とか称賛する左派の人が沢山いる一方で、日本は日本のペースでやりたい保守派は「韓国経済は大崩壊するぞ!」などと言っている…ような不毛な状況になっていた。

イデオロギー的に「自分たちのサイド」が勝ちさえすればバラ色の世界が開けるという発想から、相手を過剰に理想化したり卑下してみせたりする態度は不健全です。向き合うべき具体的な現実の課題から目を背けることになってしまう。

例えば「韓国に憧れる日本人」の間では「今では韓国の方が実質賃金が高い!もう日本は駄目だ!」というような話が定番になっていて、韓国人もよくそういう話をするのを耳にするんですが、それは実は購買力平価(PPP)という特殊な算出法を用いていることに注意が必要なんですね。

普通に為替レート基準で見れば、実はまだ日本の方が24%ほど高い

Worlddata.infoより

購買力平価というのは、その国の物価を元に「実質的な購買力」を比較するというコンセプトで作られたもので、物価が安いと高く出る構造になっている。

それで比較するのが「庶民の生活の豊かさ」を測る基準として正しいのだという意見はそれなりに理解できるものの、実はその購買力平価基準で見れば2017年以降すでにアメリカより中国の方がGDP総額が大きいことになってしまうというような、結構特殊な世界観であることにも注意が必要です。

また、他にも日韓の経済パフォーマンスの違いとして大きいのが地価の問題で、韓国の住宅価格指数は、以下のように

Trading Economicsより韓国の住宅価格指数

2000年ごろの底から3倍近くにもなっていますが、日本は90年代初頭のバブルのピークから3分の1程度になったままです。

つまり、過去20年ほど韓国人はマンションなり何なりを持っていただけで急激に資産が増えて、それを原資に経済活動が出来たのですが、これは国の発展段階において一度だけ使えるブースターロケットのようなものです。

昨今ソウルの地価の上昇に歯止めがかからなくなり、文在寅大統領の支持率が落ちる原因になったことを考えると、韓国もアメリカのように「天文学的格差が広がっても地価上昇を放置して経済全体の成長を優先する」みたいなことはできずに、日本と同じ「先進国としての課題」にぶつからざるを得なくなってきているのだと言えるでしょう。

以上のような話をしているのは、「どうだ日本経済の方がまだ凄いぞ!わはははは!」みたいな話をしたいからではありません。

あまりにも「韓国に負けてるぞ!」というのが日本の左派や韓国人の中では“常識”のように語られるのは、無内容な「日本スゴイ!」系の議論と表裏一体のバカバカしさを感じるという話なんですね。

結局日韓の左派がSNSで共有している「輝かしい民主主義の闘士、文在寅が率いているから韓国はあらゆる面で絶好調だが、日本はクズのアベが率いていたのであらゆる面で衰退した」みたいな話は、「韓国経済は大崩壊する!」と言っている日本の一部保守派の議論と変わらないレベルの意見に過ぎません。

日本はアベノミクスで「みんなの雇用を守る」ことを最優先に真剣になったために平均給与的な数字は高くないんですが(就業者の“母数”がかなり増えたことが平均値の低下に現れている)、失業率は世界最低レベルに貼り付いているし、何より若年層の就職状況がかなり良くなったのが社会の安定化に寄与しているはずです。

一方で韓国は自他ともに認めるネオリベ競争社会で、特に若年層の失業率がかなり酷いらしいという話も聞きます。アベノミクスで雇用を守られた日本の若年層がかなり明確に与党=自民党支持傾向があるのと、今回の韓国大統領選挙の結果は非常に対照的な現象だと言えるでしょう。

つまり結局ローリスク・ローリターンを目指した結果狙い通りそうなった日本と、ハイリスク・ハイリターンを目指した結果狙い通りそうなった韓国という違いが、実際のところの「日韓の違い」だと言えます。

だからこそ、日本は日本で「韓国経済は崩壊する!」とか言ってないで日本の課題に向き合うべきだし、韓国人も「日本に勝ったぞ!」とか言ってないで韓国の課題に向き合う議論をするべきですよね。

上記のようなしょうもないSNSバトルが頻発する、過剰な理想の押し付け合いを避けて、それぞれの国に合った道を進むのだという理解さえあれば、日韓がお互いから学べることはそれなりにあるでしょう。

日本はそろそろ内輪に籠もった守りの姿勢を改め、韓国を見習って海外に攻めていく改革が必要な面は明らかにあるでしょう。一方で、韓国も果てしないネオリベ競争社会化に抵抗したいと思う人もいるはずで、そこで日本的な社会の安定性を参考にすると良い面も少しはあるかもしれない。

ウクライナ侵攻のような世界史的大事件が起きれば、今までのように「欧米的な価値観を非欧米に押し付けるだけ」の秩序が揺さぶられていくことになります。

そうすると、「欧米的理想」と「非欧米社会」をいかに自然に溶け合わせるかという課題に向き合わざるを得ない。

上図のように両側から全力で押し合いへし合いになって行き場を失っているエネルギーを、「注射器の先に穴をあける」ことで本当の解決に向かわせる必要がある。

日韓はそれぞれのやり方で、そういう「白VS黒」ではない「黄色の視点」を形にしようとあがいている途中なのではないでしょうか。

「欧米文明の外側を常に断罪しまくる」姿勢を超えた、新しい「中庸の徳」的な視点が生まれてくれば、その先に日韓の「本当の相互理解」も可能になってくるでしょう。

歴史問題にしても、「韓国に対して一切悪いことをしていない」と考えている日本人はあまりいません。しかし、帝国主義全盛時代の欧米社会の暴虐に抵抗する必死の反撃をした当時の日本の功績的な要素を一切勘案しないような、「白VS黒」の視点だけで断罪する視点のアンフェアさが受け入れられない本能的反感が、問題がこじれる根本原因としてあるでしょう。

それは、韓国のフェミニズム運動が、実質的に国を守り続けている兵役を担う人々への配慮をあまりにも欠いているために強烈な反撃を受けてしまうのと同根の課題に向き合うことでもあります。

そういう「欧米的基準の押しつけを完全に相対化した先での多面的な理解のモード」が立ち上がってくるまでは、日韓関係はお互いのベタな正義を完全に相手に飲ませようと押し付け合うばかりになり、無理に仲良くしようとすればするほどコジレることになるでしょう。

日韓関係の改善を明言した尹大統領と岸田首相との間では、とりあえず法律的・経済的・外交的にお互い実害が少ない暫定的な取り決めをし、「小康状態」ぐらいにすることができればいいと思います。

「その先」の本質的な解決を目指す時、我々は欧米文明と「ソレ以外の社会」とを徹底的に等価に尊重し、欧米的理想を捨てないからこそ、非欧米社会のリアルな人心の延長に無理なく溶け合わせていくような、全く新しい「メタ正義」的な対話のモードを発明していくことが必要になるでしょう。

突拍子もないことを言うようですが、ウクライナ情勢のような世界史的転換の中で、我々人類はそういう新しい感覚なしには第三次世界大戦だってありえる情勢の中に生きているのです。

そういう人類社会の転換の中で、尹候補の勝利は「過去10年のアメリカ型の理想の押し売りをするリベラル」的な存在には挫折かもしれませんが、「全く新しい対話のモード」の誕生を告げる出来事かもしれません。 特に、「文在寅的革新派」を支持していた韓国や日本の左派の方々には、単に「新しく出てきた敵をやっつけなくては」という姿勢でなく、「彼らが支持された理由」を断罪せずに向き合う姿勢を見せてほしいと思っています。

(お知らせ)
すべてを「敵と味方」に分けて延々と糾弾する事に熱中し、社会の逆側に巨大な恨みのエネルギーを溜め込んで常にバックラッシュに怯えることになる「改革」ではなく、「感情的な共有基盤」を育てていきながら「本当に社会を変える」ための有意義な議論をする方法について、私のクライアント企業で10年で150万円もの平均年収を上げることに成功した事例などを起点としつつ、徐々に社会全体の大きな課題解決の論点整理にまで踏み込んだ本を先月発売しました。

日本人のための議論と対話の教科書

上記リンクで「序文(はじめに)」を無料公開しているので、この記事に共感された方はぜひお読みください。

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