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テイラー・スウィフトの「民主党議員支持発言」から学ぶマーケティング【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(7)
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  • 2018.10.25
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テイラー・スウィフトの「民主党議員支持発言」から学ぶマーケティング【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(7)

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過去の連載はこちら

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott

エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者

兵庫県生まれ。多くの職を体験し、東京で外資系医療用装具会社勤務後、香港を経て1995年よりアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)。ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。
連載:Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク日本版
洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。

個人や組織の信念とバイヤーペルソナの価値観が異なる場合の難問

前回の『良い「炎上CM」と悪い「炎上CM」を分けるものとは何か?』で、マーケティングにおける「バイヤーペルソナ」の重要性について語った。

自分や自分が属する組織にとって最も重要なカスタマーの「バイヤーペルソナ」を理解し、そのバイヤーペルソナに向けてコンテンツを作るのは非常に重要なことだ。しかし、それだけでは解決できない難しさもある。

そのひとつが前回でも軽く触れた「企業の社会的責任」である。

しかし、その「社会的責任」についても、個々の政治的信念や宗教観で異なる。その人が「社会的正義」だと感じていることが、他の人にとっては逆のこともある。

そこで生じるのが、「自分の政治的信念(あるいは宗教観)と価値観が、バイヤーペルソナの信念や価値観と異なるかもしれない場合にはどうすればいいのか?」という問いかけだ。特に、ソーシャルメディアや公共の場での個人としての発言で、こういった相談を受けることがある。

業界の種類や個々のケースで異なるが、アメリカでは「政治や宗教に関する意見は避けるほうが賢明」というのが一般的なアドバイスだ。ほとんどの個人や組織には多くの異なる信念を持つファンやカスタマーがいる。政治や宗教でひとつのスタンスを明らかにすると、それ以外の人たちを敵に回すことになる。

特に、バイヤーペルソナと自分の信念が一致していない時には、それを公言することによりこれまで築き上げたキャリアを揺るがしかねない大問題に発展することがある。

ホールフーズ・マーケットとディキシー・チックスが犯した失敗

有名な例のひとつが、2009年に起こった高級スーパーチェーン「ホールフーズ・マーケット」に対するボイコット事件だ。

テキサスを本拠地にするホールフーズ・マーケットは自然食品を中心にした高級食品を扱っており、その創業者でCEOのジョン・マッキーは、アメリカにオーガニック食品ブームを作った立役者の一人でもある。

自由市場経済の支持者で、労働組合に反対の立場であるマッキーは、当時のオバマ大統領が打ち出した医療改革を批判する意見をウォール・ストリート・ジャーナルに掲載した。「アメリカ人にはヘルスケアを受ける生まれつきの権利などはない」という立場のマッキーに怒ったカスタマーが、フェイスブックなどで大規模のボイコット運動を起こし、メディアで大きく取り上げられた。

ホールフーズ・マーケットの重要なカスタマーは、都市部近郊の健康志向の裕福な人々であり、オバマ大統領に票を投じたリベラル層だ。マッキーは、個人の信念を述べることにより、自分の会社にとって最も重要なバイヤーペルソナを怒らせた。ホールフーズのスポークスマンは「これはマッキー個人の見解であり、会社としての立場ではない」と弁明したが、ボイコット運動の傷跡はかなり長く続いた。

もうひとつの有名な例は2003年にジョージ・W・ブッシュ大統領を批判した3人組の女性カントリー・バンド、ディキシー・チックスだ。

ディキシー・チックスのリードシンガーであるナタリー・メインズは、ロンドンでのコンサートで、イラク戦争を始めたブッシュ大統領について、「(同郷人として)テキサス出身のアメリカ大統領を恥じている」と語った。

ディキシー・チックスがロックバンドであったなら、誰もそれを問題視しなかっただろう。ロックはもともと「反権力」と「反体制」がベースにあるからだ。しかし、カントリー・ミュージックのファンはロックとは異なり、非常に保守的である。当時のロイター通信は、「カントリー・ミュージックでは、妻に逃げられたり、愛犬に死なれたりするよりずっと悪いことがある」と書いたが、それが「共和党の大統領の批判」だった。カントリー・ミュージックのラジオ局はディキシー・チックスの曲を流すのをやめ、アメリカのファンはCDを破壊して燃やした。これはディキシー・チックスにとって大きなダメージになった

アメリカではミュージシャンが政治家を支援するのはごく普通のことであり、有名なミュージシャンのほとんどがリベラルな民主党を応援している。それに比べ、共和党の党大会で招かれて演奏するのは、たいていカントリー・ミュージックのミュージシャンだ。カントリー・ミュージックのファンも、2016年にトランプに票を投じた保守的な白人に重なる。

こういった環境では、たとえカントリー・ミュージックのミュージシャン個人がリベラルな見解を持っていてもそれを口に出せない。冒頭で、「政治や宗教に関する意見は避けるほうが賢明」という一般的なアドバイスについて書いたが、そのルールを忠実に守ってきたのが、テイラー・スウィフトだった

長年のイメージを覆して政治的になったテイラー・スウィフト

カントリー・ミュージックのメッカであるナシュビルから2006年に16歳の若さでデビューしたテイラー・スウィフトは、28歳の現在に至るまで政治的な意見を語ることを避けてきた。そのために、活発に政治活動をしているロックやポップのミュージシャンから批判されたり、「彼女は保守だ」と噂されたりしていた。

そのスウィフトが、10月7日に民主党議員の支持を訴えるインスタグラム記事を投稿して多くの人を驚かせた。

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I’m writing this post about the upcoming midterm elections on November 6th, in which I’ll be voting in the state of Tennessee. In the past I’ve been reluctant to publicly voice my political opinions, but due to several events in my life and in the world in the past two years, I feel very differently about that now. I always have and always will cast my vote based on which candidate will protect and fight for the human rights I believe we all deserve in this country. I believe in the fight for LGBTQ rights, and that any form of discrimination based on sexual orientation or gender is WRONG. I believe that the systemic racism we still see in this country towards people of color is terrifying, sickening and prevalent. I cannot vote for someone who will not be willing to fight for dignity for ALL Americans, no matter their skin color, gender or who they love. Running for Senate in the state of Tennessee is a woman named Marsha Blackburn. As much as I have in the past and would like to continue voting for women in office, I cannot support Marsha Blackburn. Her voting record in Congress appalls and terrifies me. She voted against equal pay for women. She voted against the Reauthorization of the Violence Against Women Act, which attempts to protect women from domestic violence, stalking, and date rape. She believes businesses have a right to refuse service to gay couples. She also believes they should not have the right to marry. These are not MY Tennessee values. I will be voting for Phil Bredesen for Senate and Jim Cooper for House of Representatives. Please, please educate yourself on the candidates running in your state and vote based on who most closely represents your values. For a lot of us, we may never find a candidate or party with whom we agree 100% on every issue, but we have to vote anyway. So many intelligent, thoughtful, self-possessed people have turned 18 in the past two years and now have the right and privilege to make their vote count. But first you need to register, which is quick and easy to do. October 9th is the LAST DAY to register to vote in the state of TN. Go to vote.org and you can find all the info. Happy Voting!

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このタイミングには大きな意味があった。

この投稿の前日、ブレット・カバノーが最高裁判事の承認を受けた。10代の時にカバノーから性的暴行を受けた女性が公聴会で証言したというのに、共和党が過半数を占める上院議会が僅差で可決したのだ。カバノーを推薦したのは、現在までに13人もの女性が性的に不適切な行為で訴えているトランプ大統領だ。

スウィフト自身が過去に性暴力を受けたことがあり、その裁判で陪審員が自分を信じてくれたことの重要性や、声を上げた性暴力の被害者を信じるメッセージをコンサートで語っている

そんなスウィフトにとって、性暴力を行った人物が最高裁判事になったのは大きなショックだったに違いない。スウィフトが1億1,000万人以上のインスタグラムのフォロワーに向けて語ったのは次のような内容だ。

「これまでは自分の政治的見解について公の場で述べることをためらってきました。けれども、自分の人生や過去2年間に世界で起こった出来事のおかげで、それについてずいぶん異なる見解になりました。これまでもそうでしたが、これからも私は、この国のすべての人が持つに値する人権を守り、そのために戦う候補に投票します。私はLGBTQの権利のための戦いを信じますし、性的指向やジェンダーに基づいた差別はいかなるものでも不当であると信じます。この国に現在でも存在する有色人種(people of color)への構造的な人種差別は恐ろしく、吐き気がするものであり、しかも蔓延していると信じます。

肌の色、ジェンダー、愛する相手に関係なくすべてのアメリカ人の尊厳ために戦えない人に私は票を投じることはできません。テネシー州の上院議員に立候補しているマーシャ・ブラックバーンという女性がいます。これまでもそうですし、これからも女性候補に投票したいと思っている私ですが、マーシャ・ブラックバーンを支持することはできません。彼女のこれまでの議会での投票の歴史には、ぞっとします。彼女は、女性が男性と同一賃金を得ることに反対の投票をしました。ドメスティック・バイオレンスやストーキング、デートレイプから女性を守るための「女性に対する暴力反対法」の再認可に反対の票を投じました。(中略)これらは、私にとっての「テネシー州の価値観」ではありません。私は、上院議員はフィル・ブレデセン、下院議員はジム・クーパーに投票します(どちらも民主党)。どうか、お願いですから、あなたの州で立候補している議員について学び、あなたの価値観に近いことを代弁してくれる候補に投票してください。すべての問題について100%意見が一致する候補や党を見つけられることはないかもしれません。それでも投票はしなければいけないのです。

賢明で、思慮深く、冷静な多くの人が(大統領選後の)過去2年の間に18歳になり、票を投じる権利と(それによって影響を与えることができる)特権を得ました。でも、その前に選挙登録をする必要があります。手続きは簡単ですが、テネシー州では10月9日がその最終日です。Vote.orgに行ってその情報を得ましょう。ハッピー投票!」

保守の白人男性たちは、これまで政治的な発言をしなかったスウィフトのことを、勝手に自分たちの味方だと信じていたところがある。そのために、スウィフトに裏切られたと感じ、憤った。トランプ大統領はスウィフトの曲を「前よりも25%嫌いになった」と言い、保守に人気があるテレビ局のフォックス・ニュースでもスウィフト批判が交わされた。

しかし、テイラー・スウィフトはディキシー・チックスのようなバックラッシュは受けなかった

発表後、スウィフトのインスタグラムのフォロワーは減らなかったし、スウィフトが「選挙登録しよう!」と呼びかけてから24時間以内に、なんと6万5,000人が新規に選挙登録をした。そして、その数字は48時間で24万人に膨らんだ。スウィフトが呼びかける前の新規選挙登録者は、8月全体の総計で5万7,000人、9月の総計で19万人だった。それらの数字と比較すると、スウィフトの呼びかけの大きな効果がわかる。

スウィフトは、「政治や宗教に関する意見は避けるほうが賢明」という安全策を捨て、リスクを覚悟で自分が信じることを公にすることを決意した

だが、それは決して無謀な行動ではなかった。というのは、デビュー当時からスウィフトはファンを非常に大事にしており、ファンをよく分析して対応していることで知られていたからだ。スウィフトにとって最も重要なファンは、彼女に憧れて「お手本」として真似する少女であり、LGBTQの若者であり、実際に彼女の新曲を買い、コンサートに来てくれるインスタグラムのフォロワーたちなのだろう。だからこそ、スウィフトは、最も重要なファンに「いかなる差別もしてはならない」「女性に対する暴力を許してはならない」と伝導していくリーダーになることを選んだのだろう。「保守的な白人男性を切り捨ててもビジネスの上でさほど影響はない」、「自分のビジネスの将来に保守的な白人男性は不要」という決断を下すのに必要なデータを彼女が持っていたとしても不思議はない。

テイラー・スウィフトは、この政治的な発言により、「自分の信念にあったファンを最も重要なファンとして大切にし、育て上げる」というマーケティング上の戦略も示したのである。

夫が懇意にしている大物カントリー・ミュージシャンが、スウィフトがまだ20歳くらいのころに「彼女は本物だよ」と言った。この「本物」というのは、ミュージシャンとしての才能だけでなく、ビジネスウーマンとしての才覚も含めたものだった。音楽の才能に恵まれたミュージシャンが、成功後に酒やドラッグ、恋愛で失敗して消えていくことはよくあるが、「スウィフトは決してそうならない」という彼の予感は今のところよく当たっている。

そんなスウィフトが今後、若いファンのリーダー的存在として社会正義についてどんな言動を取っていくのか、非常に楽しみである。


次回の公開は11月25日頃です。

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