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「日本のコロナ対策が成功した理由」は何か。専門知と現場知の融合から見えてくる希望【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(5)
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  • 2020.05.28
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「日本のコロナ対策が成功した理由」は何か。専門知と現場知の融合から見えてくる希望【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(5)

4:日本人の強みと「科学という仕組み」の間を繋ぐ新しい考え方

前回の記事で、「日本の製造業の考え方をコロナ対策に応用する」方法について述べました。

「100回に1回不良品が出る」時に、欧米人はそれを「確率的」に捉えるけど、日本は「美しい花がある、花の美しさというようなものはない」の国なので、「その99回の作業と1回の作業は全く別の現象が起きているのだ」と考えるんですね。

そして、「そもそもその不良が出ない工夫」を現地現物レベルで積むことで、「気遣い作業」をしなくてもその「100回に1回」が起きないような算段をするのだ…という話でした。

実は、その前回記事で紹介した日本の製造業の標語、

「品質は工程で作り込む」

の続きは、

「 “検査”で “品質”は作れない!」

なんですよね。

これは「検査」を軽視しているのではなくて、「検査が自己目的化する」ことを戒めているんです。

言い換えれば本当に「品質」に迫るには、闇雲に「検査の数」を増やすのではなくて、「そこで起きていること」に、そこに関わっているあらゆる人の体感や知見を動員して具体的に現地現物で迫っていくことが必要だという知恵なんですね。

「検査で品質は作れない」と言っても日本の製造現場が検査をしていないわけではもちろんないわけですが、「検査の回数ができるだけ減らせるように工程自体を作り込む」ことが重要なんです。

「100回のうちの1回の不良が起きた真因」を探っていくとき、現場の作業員のいろんな体感も含めた「本当の衆知」を動員していくことができるんですよ。

しかし、「そんなの検査しないとわかるわけない」という「狭義の科学的態度」で向かってしまうと、「実際にその作業に関わっている現場の人」は決して何も見ていない、体感していない、単なる「言われたことを言われたとおりただやる」だけの無力な存在に押し込められてしまうわけです。

結果として、物凄く勉強のできるアカデミックな天才以外は「脳みそ」が一切ない、単なる手足にすぎないと扱われ、果てしなく無力感を溜め込んでいってしまう…という欧米的世界観が直面している袋小路にぶつかってしまう。

でもここで考えてほしいんですが、「科学というプロセス」というのは、「人類がいついかなる時も共通して確実だと言える知識を積み重ねるためだけに特別にデザインされた仕組み」ですよね?

でも「“今この瞬間“の環境を前提として、“その”工場において工法Aと工法Bのどちらがコストを抑えられるか」というのは、「人類がいついかなる時も確実に言える」レベルの確からしさは必要ない…というかむしろ邪魔なわけです。

なぜ邪魔かというと、その工場の特性によっても違うし作業員の慣れ不慣れによっても違うし、既に減価償却の終わってる古い製造機械があったりしても違うし、今日最善だったものが、明日普及した新工法によって “最適”がガラリと変わってもおかしくないからなんですね。

大事なのは、「その判断に必要十分なだけの確からしさで物事を分析し、判断していくことなんですよ。

つまり、ありとあらゆる現場的判断に、「狭義の科学的」な厳密性を求めることは、「現場レベルの判断」を全部排除してしまうために、「本当にローカルな事情にフィットした」制御ができなくなってしまうわけですね。

「自己目的化した検査」を神聖視しない思想の背後には、欧米文明が果てしなく「トランプVS反トランプ」的な分断に陥ってしまう袋小路を超える希望として私たち日本人がこれから提示していくべき、

「本来あるべきだった学問知と現場知の最適なコラボレーションを可能にする知恵」

が潜んでいるんですよ。

日本のPCR検査数に関する神学論争がここ2カ月ぐらいずっと続いていましたが、そもそもコンビニに行くみたいな気軽さで検診して検査してもらいたがる国民とそれに対応する医療網が全国にある日本では、風邪で病院にかかるのも2週間待ちのイギリスとか、救急車を呼んだら20万円ぐらいかかるアメリカとか…とは状況が全然違うので、医師の診察を挟んで事前確率を上げて検査すれば補足率はそれほど変わらない…というのは日本の医療関係者がずっと言っていたことなんですが、なかなか理解されませんでしたよね。

もちろん、ポイントを絞った検査体制の拡充に意味がある分野も沢山あるわけですが、この連載の第2回の記事で整理したように、その「日本の現場側の事情」を全然勘案する気がなく単に「検査の数の国際比較」だけをして騒ぐ人が多すぎるので、「必要な検査の拡充」にすら動けなくなるメカニズムがあるんですよね。

5:「どの程度の厳密性が必要か」を常にフレキシブルに考えることが重要な鍵

第2回の記事で書いたように、日本の専門家会議の人たちは本当に優秀で、私のクライアントで製造業とかの「現場寄り」の分野の経営者の人たちが、口を揃えて「誰なのかわからないがメチャクチャ優秀な人が指揮を取っているっぽい」と言っていたほどでした。

その「どこが優秀だったのか」を誤解を恐れずにいうと、「狭義の科学的厳密さを自己目的化させない」ところだったと言ってもいい。

「本当に優秀な知性」を持った科学者っていうのは、いろんな複合的な要員が現実には絡まって起きているんだ…ってことが理解できる人なんだと思いますが、しかし「狭義の科学的態度」にこだわりすぎると、ありとあらゆることをシングルイシュー(単一の理由付け)でぶった切ってしまいたくなるんですよね。

そして、最初から最後まで完全な透明性を持った、実験室的環境の中で判断しないと「何もわかるはずがない」と考えてしまうんですよ。

もちろん、物理法則とか数学の定理とかいうレベルの研究をしている時ならそういう態度は必須ですが、現実と関わるところでそういう潔癖性を発揮することは、「学問界にいる人間だけが知性というものを持っており、 “現場”はただ言うことを聞いて従うべき存在で、彼らに知恵などはない」という役割分担を無意識に前提してしまっているんですね。

こういう風な態度だと、たとえばクラスター対策とか、「三密回避」とかいった「現地現物的な発想の対策」を、物凄く過小評価してしまいがちになる。

これは「知的能力」というより「寄って立つパラダイムの問題」なんですよね。

たとえば、3月19日に出た日本の専門家会議の資料「COVID-19への対策の概念」が、当時「日本政府から出た資料でこんなクリアーな洞察があるものを見たことがない」とか一部のビジネスクラスタでは言われていました。

しかし、一部の「原理主義的な理論系の科学者」の人からはウケが悪いことも多いようでした。

たとえばこの画像は、「感染力のばらつきが大きい」こと、つまり「凄く感染させてる人とほとんど感染させてない人がいる」という発見を表し、クラスター対策と行動変容の組み合わせ…という戦略を基礎づけるキースライドと言える内容でした。

SNSを見ていると、「工学系」の人は、「ふーん、いいんじゃない?でもこれってどれくらい再現性のある分析なのかな?」的な態度の人が多かったです。

しかし「理学系」の人の中で、しかもかなり理論的な分野の人で、原理主義的な考え方をする人は、「全く科学的ではない!専門家会議は科学を愚弄している!」みたいな人も多かったです。

ただ、「ビジネスでデータ分析をしている人」からすると、たとえn数(調査した人数)が少なかろうと、「ここまで明確な傾向性」がある現象が、多少薄まっていったとしても、「均等な分布」にまでなるはずがない…というのは体感的に知っているわけですよね。

そしてここまで「かたよった分布」を前提にした打ち手と、「まったく均等な分布」だと思ってする打ち手の効果が全然違ったものになることは、「ビジネス系のデータ分析者」は体感的にわかるわけです。

ビジネスにおける分析っていうのは、広告における反応率が「0.01%」から「0.1%」になっただけで利益率的には全然違うインパクトがある…みたいな世界なので、「明確な傾向性」がここまで見えていて、それをベースに「最小のコストで最大のインパクト」を出す戦略を構築した日本の専門家会議の「神業っぷり」がヒシヒシわかるんですよね。

欧米人は傾向として「世界は一様である」と思いがちで、日本人は「ありとあらゆる個別の特殊さ」にこだわりがち…という問題がありますが、今いろんな人が指摘しているように、このあたりの「現実に近い領域での分布の偏り」を前提とした分析の鮮やかさと対策のオリジナリティは、最近になってやっと欧米の新型コロナ研究が徐々に追いついてきた部分だと言えるでしょう。

結果として、前回記事で日本の製造業の思考法と絡めて説明したように、欧米のように「都市まるごと一緒くたにロックダウン」するのではなくて、「感染させやすい現象が起きる真実の瞬間」を選び取ってそこだけをピンポイントで潰していこうとする戦略が生み出されたわけです。

そういうところが、「見た感じ何もやってないように見える」ほどに鮮やかな日本の対策のコアにあったはずなんですよ。

次ページ:6:「狭義の科学」と「現場の知恵」の間のラグを「信頼」で繋ぐことは、特に自由主義世界で大事なことなはず

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