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アフガン情勢は「アメリカ衰亡の象徴」ではなく「中国の野望を封じ込める好機」を示している【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(20)
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  • 2021.08.20
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アフガン情勢は「アメリカ衰亡の象徴」ではなく「中国の野望を封じ込める好機」を示している【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(20)

3:「アメリカの影響の空白」に生まれる「自由抑圧の無間地獄」にすでに中国もハマっている

冒頭で触れた福島香織氏の本を読んでみると、昨今の習近平政権の強権的姿勢は、毛沢東時代の「文化大革命」的なエネルギーとほとんど同じものが、最先端のITと巨大な経済力の中で蘇りつつある現象なのだ…という指摘にはかなりハッとさせられました。

中国の状況に詳しくない日本人からすれば、「中国が言論弾圧するなんて昔からじゃないの?」という印象も持ってしまいますが、しかし習近平政権になってから、特に2018年に国家主席の任期を撤廃し終身リーダーであり続けられる情勢になってからの弾圧の苛烈さは、それ以前とは比べ物にならない状況にあります。

習近平は青年時代の一番価値観を植え付けられやすい時期に文革を体験しており、端々の行動から「毛沢東の再来」を目指していることが伺われるというのはよく指摘されています。

福島氏の本で非常に印象的だったのは、「習近平はこれまでの中国でも失敗事例扱いだった文化大革命の印象自体すら国内で好転させたがっている様子」で、たとえば

・2021年の清明節(中国のお盆)に温家宝(習近平の前の国家主席である胡錦濤時代の首相)が週刊誌『マカオ導報』に寄稿した、文革を批判的に記述する箇所もある記事が習近平の逆鱗に触れ、SNSでの転載が禁止され、事実上の閲覧制限が課された

・中国では長らく「国を間違った方向に導いて大きな被害を出した張本人」という扱いで、墓石に実名も彫られていないほどだった江青(毛沢東の妻)が、習近平政権下で密かに再評価されており、野ざらしだった墓が整備され、墓前の花が欠かされることはない状況にある

…というような細かい事例から、習近平が目指す「国家像」の中には、彼が青年期に体験した文化大革命と毛沢東のイメージが強烈に反映されていることが伝わってきます。

結果として、対外的には「戦狼外交」と呼ばれる高圧的な外交姿勢の印象が大きいですが、昨今は対内的にも、習近平の「政敵」とされた人物が共産党の幹部(習近平以前は幹部は訴追されない紳士協定的なものがあった)であろうと容赦なく排除され、一時期行方不明になって騒動となったアリババグループの創業者、馬雲(ジャック・マー)の事件に見られるように「経済界」への締付けも強烈になっている。

これらの一連の「暴走的な強権化」を「アメリカ的秩序の一時後退による真空空間に生まれる強権的権力の暴走」と捉えるなら、そういう「他人の自由の抑圧」はやりはじめると以下の図のようなスパイラルに不可避的にハマってしまうんですね。

これは日本のネットで流行っている「薬物依存症の図」の応用です。

過去の文革期の中国やカンボジア、それに限らず20世紀のあらゆる共産主義国家、そして太平洋戦争末期の大日本帝国にいたるまで、「アメリカの影響」を拒否するということはまさに

こういう↑「自由への抑圧」の依存症

になっていくことを意味するわけですね。この図は“対外的な戦狼外交”の話をしていますが、中国国内の言論締め付けに関しても同じ現象があるでしょう。

昨今の習近平政権の「常軌を逸した締め付けぶり」を考えると、今の中国はこの「アメリカの勢力の空白」に歴史上常に生まれてきた

「自由を抑圧しはじめると、果てしなくエスカレートして統制を強め続けなくてはならない無間地獄」

に陥っているという見立ては、かなりの説得力があるのではないでしょうか。

では、この「抑圧の暴走」に対して、私たち日本人は、そして国際社会はどう対処していけばいいのでしょうか?

4:「すべて大日本帝国が悪かった」的な思考停止的懺悔の無意味さが露呈している

先日、NHKスペシャルで、「開戦 太平洋戦争~日中米英 知られざる攻防~」という番組が放送され、蒋介石の日記や最近公開された外交資料などを詳細に調べると、日中戦争の間、中国側がいかに英米を対日戦争に引きずり込むか…という必死の策謀をしていた様子が詳細に描かれていました。

もちろん戦前の日本が全然悪くなかったという話にはなりませんが、当時の国際情勢の中での各プレイヤーによる必死な駆け引きの結果、時代が動いていった状況を「NHKスペシャル」という場で詳述できるようになったことは、米中冷戦時代がもたらすポジティブな変化といえるように思います。

こういう要素を詳細かつ多面的に描くことなしに、「とりあえず戦前の日本の軍部ってやつが全部悪かったことにしておけばいいじゃん、てめーらちゃんと懺悔しろ!」的なザツな総括ばかりを繰り返していても、再発防止に全然つながらないからですね。

たとえば「過激化していく中国サイドにどうやったら思いとどまってもらえるのか?」を考える時に、我々が大日本帝国の記憶に対してやるように、単に「欧米社会の基準から外れた存在」に「懺悔しろ!」というだけで彼らが考えを改めるというのはありえないことでしょう。

当時の日本を考えても、

・地方農民の経済的窮状に何ら有効な手立てを打てず政局争いに明け暮れる政党政治への失望

・その窮状をまっすぐに捉えて解決策を模索した(と見られた)軍部の存在

・その空気を思う存分吸い込んで煽り立てたメディア

・そしてそれを取り巻く国際的利害対立の全体像

といった問題を総体的かつ多面的に考えて、

・その当時の政府は、そしてメディアはどういう行動を取るべきだったのか?

・どのタイミングでどういうメッセージが外国から発せられれば、彼らは暴走せずに済んだのか

を考えないと、ただ単にすべてを

「善なる自分たちとは違う、軍部とかいうわけわからない極悪人たち」にすべてをおっかぶせて「懺悔しろ」的なことを言うような過去何十年にも及ぶ左翼的な物事の総括の仕方が、いざ「本当の国際的対立(特に“欧米世界の外側にある本当の異質”との対話)」にぶつかった時に何の役にも立たないこと

が、昨今の米中冷戦時代、そして今回のカブール陥落などを通じて明らかになったと言えるはずです。

「欧米社会の内輪話」ではない現象を扱う時には、「全部ナチス・ドイツのせいにして切り捨てれば万事解決」的な20世紀的枠組みを超えたところの発想が必要になるわけです。

次ページ 5:「中国切腹日本介錯論」と「自由で開かれたインド太平洋」構想

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