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「左翼の内輪受けドラマ」Netflix版『新聞記者』が褒められているうちは「小悪の玉突き連鎖」を止められない【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(27)
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  • 2022.01.24
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「左翼の内輪受けドラマ」Netflix版『新聞記者』が褒められているうちは「小悪の玉突き連鎖」を止められない【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(27)

2:Netflixドラマ版はどう変わったのか?

さて、ではリメイクされた「Netflixドラマ版」はどう変わったのでしょうか。

まず、「映画版」への批判が意識されたのか、「生物兵器陰謀論」はなくなりました。

そして、内調エリート官僚が暗闇の部屋で暗躍している描写は残っているものの、そこでやっているのは「ツイッターに書き込みをして左派を攻撃している」よりはリアリティがあるかもしれない?「興信所なども利用して左派論敵やマスコミ幹部のプライベートの弱みを握ってファイル化し、いざという時にリークするという話」になっている(その方がリアリティがあるとか言われると実際の中央官僚の人は怒るかもしれませんが、まあフィクションなので、映画版よりはいくぶんマシかとは思います)。

そしてストーリー全体が、「モリカケ」の「モリ」=森友学園問題をメインにしたストーリーになっている(正確に言うと細かいエピソードを“合体”させて一つの話になっている)。

「モリ」問題をざっくりとまとめると、

・森友学園が新しい学校を建てる時に、設置基準が緩和されたうえに近年前例のない好条件で開校が認められ、また異様に安い値段で国有地を払い下げられたのは「安倍のお友達」だからではないかという疑惑

・その件に対して当時の安倍首相が、「私や妻の関与があったら総理も政治家も辞める」と発言してしまったために、官僚組織が「忖度」をして公文書の改ざんを行い、それを苦にした近畿財務局の赤木俊夫氏が自殺してしまった問題

の2点ですね。

「モリ・カケ」を比較すると、「そもそも公務員獣医の少なさが問題で」というような現実的な課題と向き合う必要がなく、直球に「安倍のお友達だから国有地を格安で買えた」というサスペンスドラマにありそうな汚職事件として扱える「モリ」の方が適当だと考えられたのかもしれません。

しかし、この問題の扱われ方の非常に不誠実な部分はここにあります。

この問題はあまりに紛糾したために、実際に安倍氏の指示で格安で売却されたし、公文書の改ざんが行われたのだとボンヤリと多くの人が思ってしまっている問題があります。先述したように、「安倍支持者の右翼」の人ですら、ボンヤリと「確かに“何か”はあったのかもしれないが、国会を空転させるほどの問題ではない」というように考えている傾向があるでしょう。

これは実態を細かく追っている人ならば、ある程度「左派的・安倍政権に批判的」な人でも共通認識として「実態はドラマと違ってかなり複雑」とわかっているはずです。

3:森友学園問題の「実際」はどの程度のことなのか?

Photo by Shutterstock

知人に元雑誌社でこの事件を詳細に取材していた人がいるのですが、これだけ騒がれているのだからやはり何らかの安倍氏の大きな関与があったんじゃないかと漠然と思っていた私が何気なく意見を聞くと、「全然違うんですよ」という話が帰ってきて私もびっくりしたんですよね。

その人の発言は非常に「現場で取材してきた人の感じが伝わってくる」ものがあるので形を整えて引用しますが…

総理の妻との写真を出してから「値段が元の10分の1」になるまでにどれだけの紆余曲折があったかは、財務省が2018年に公開した決済記録(改ざん前)と交渉記録(ただし抜けがある)を見るだけでも明らかです。本当に「お友達」だからというだけで安く買えるならあんなゴタゴタを2年も3年もやらないで済むはずです(「お友達だから値下げ」なのだとしたら、それを隠蔽するためのゴタゴタ小芝居に官僚から関連建設会社、弁護士まで登場人物全員が何人も付き合って、しかも気づかないふりをして「大幅値下げ」に持ち込む、なんてことは不可能)。

結局格安で買えた理由の一番の問題は、国有地内から廃棄物が見つかって、それを理由に森友側がゴネたからだという説明が最も説得力があります。

森友側が虚偽の「ゴミ見つかりましたレポート」を出したのではという解説もあったのですが、「買う側」が「ゴミがあったぞ」と虚偽のはったりをかけて安くしてもらうってことができるのかという話で。弁当屋から買ってきた弁当に髪の毛を入れてクレームつけるのとはわけが違うので、「買う側」がそんな細工をすることはできないだろうと思うんですよね。

もし仮にゴミの有無を確認しないで安くしたらそれは近畿財務局と、もともと土地を管理していた大阪航空局の責任ですよね。ですが確認しないはずもないと思うのでこれも普通に考えたら変です。ただ「開校できなくて裁判を起こされたら困る」からと言っても値段を引きすぎたので後に両者は会計監査院から注意されています。

この話題については多少調べようとしても「党派的に結論ありき(全部アベが悪いと決めつけるか、逆に一切やましいことはなかったと突っぱねるか)」な論者の言説が大量に出てきてしまうので、結局のところ「どの程度のこと」であったのかが非常にわかりづらくなっています。

そのあたり、ネットで公開されているコンパクトな、かつできる限り中立的に「わかったこと、わかっていないこと」を冷静に整理してくれているものとしては、毎日新聞が2018年に、その時点で国会に提出されたか、あるいは関係者から流出した資料A4判5000ページを超える文書、交渉の録音データなどを整理した全6回の連載「検証・森友文書」が非常に参考になりました(有料会員限定記事ですが1カ月無料キャンペーンなどもやっているようなので、契約されていない方もご興味があれば)。

連載を通読して印象的なのは、まず森友学園の籠池夫妻の、「徹底的にゴネるパワー」がものすごいということです。

とにかく自分が持つ「保守派」的な思想に共鳴してくれそうな大阪維新や自民の政治家に陳情しまくって、自分の小学校開設がうまく行くように口利きをしてもらう熱意と行動力と執念がすごい。

そして相手の弱みを掴んだと思ったらそこを徹底的に突いて押し込んでいく強引さもすごい。第2回にある、「実際にゴミがあるんだろう。これは刑事事件だぞ」と声を荒げて近畿財務局の職員を脅す様子などは読んでいて光景が目に浮かぶようです。

また、第3回では、自民党の議員ですら「執拗に毎日電話してくる」籠池夫妻に困惑している様子が描かれています。

「籠池理事長に会うのなら、柳本議員から局長に連絡があった旨伝えてほしい。こういう商売をしているので、持ち込まれた話は聞かなければならないが、(理事長から)毎日のように電話を受けて困惑している」--。秘書から飛び出した「こういう商売」という言葉からは、政治家がいかに日常的に陳情を受け入れているかが分かる。秘書にとって、支持者らからの無理難題を聞くことも業務の一環なのだろう。

同じ記事にはこうも書かれています。

財務省が公表した交渉記録からは、少なくとも国有地の貸付賃料や、その後の売買での約8億円の値引きについて、政治家側の照会が直接影響した記述は見られない。ただ、近畿財務局の担当者が度重なる問い合わせに手を焼いていたことは間違いない。

ここまで読むだけでも、

・「学校設置の規制緩和は善」という時代の流れを捉えて大阪維新の政治家にも掛け合いつつ基準を緩和させる

・使えると思ったカードを全部使って小学校設置認可交渉、国有地賃貸交渉および値下げ交渉をゴリ押しする

・敷地に廃棄物が埋まっていることを事前に十分には説明されていなかったことを理由に強引な値下げを持ちかける

…というように、籠池夫妻という尋常ならざるゴネるパワーを持つ存在があの手この手を使って「開くはずのないドア」を次々と強引に突破していく様子が鮮明に浮かび上がります。

そしてその「最後のひと押し」的な交渉カードの一つとして、安倍昭恵氏が学校を訪問した時の写真を出して“総理のご意向(実際に交友関係があるのは昭恵氏だけではあるものの)”をちらつかせる的なこともした…という状況であることがわかる。

もちろん結果として、例えば現在の保守派政権のもとで、逆に非常に左派的な学校を作る時にこういう便宜が図られただろうか?と考えてみるとそれは難しかっただろうという事は言えると思います。

しかし、Netflix版にあるように、

・「総理のお友達だから格安で売却されて当然だった」

・「総理側からトップダウンで指示が出て強引に価格を下げさせた」

…という、「籠池よ、そちも悪よのぉ」「いえいえ、アベさまほどでも」的な江戸時代の時代劇のような話ではないことが十分伝わってくるのではないでしょうか。

問題は「安倍総理または昭恵氏の関与がゼロなのか?」と言われると恐らくゼロではないことです。特に昭恵氏は籠池夫妻の「ゴネるパワー」のカードの1つとして利用され財務省・近畿財務局に効いてしまった可能性が否定できていませんし、改ざんに関しても官邸の関与があったのではという疑惑が元参議院議員の辰巳孝太郎氏のnoteで記されています。

しかし「アベがすべての元凶であり黒幕である」という見方もかなり無理があります。

そして、お互いに「完璧」を求めて殴り合っていると、真相解明も前向きな改善の考案も全然進まないという「昨今の日本あるある」に陥っていることが見えてくるでしょう。

安倍首相・昭恵氏の件を抜きに考えれば、「政治家の関与は一切なかったと言えるのか」という詰め寄り方をされると、そりゃ籠池夫妻から毎日のように電話をされたいろいろな政治家の秘書から「この件お願いしますよ」という連絡が入っている記録はいくらでも出てくるわけです。

しかしこういうのはあまりに「普通によくあること」であって、近畿財務局の担当者は「政治家からの照会への返答マニュアル」すら作っていたといいます。

そして、そもそも政治家が「陳情を受けて便宜を図る」事自体が絶対悪なのか?という大問題がある。例えば左派が、何らかの「ジェンダーやエコやその他」といった課題についての公的な催しを行いたいとなってそこに公金の支出を働きかける構図と何が違うのか?

「どの程度のことなのか」を冷静に党派性を離れて検証する姿勢がないと、「ほら、秘書から連絡が来ているじゃないか!」=「完全な関与の証拠」みたいなトーンで攻撃し、マスコミに流して大騒ぎになってしまうような「真実追求よりもセンセーショナリズム優先」の嵐の中では、組織的隠蔽だって当然起きるだろうという感じがします。

また、そうやってお互いに「完璧」を求めて殴り合いをする結果として起きた「改ざん」の方の課題についても、安倍政権が「指示」をして改ざんさせたのではなく、というよりも、むしろ官僚の「忖度」「組織防衛の論理」的なもので勝手にやったことである可能性がまだ否定できないというのも、ある程度「共通認識」となっているようです。

次ページ 4:「小悪の連鎖」こそが問題なのだという発想の転換が必要

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