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ウクライナ侵攻で【憲法9条は死んだ】のか?「リアルなリベラル」に脱皮するための議論をしよう【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(29)
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  • 2022.03.04
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ウクライナ侵攻で【憲法9条は死んだ】のか?「リアルなリベラル」に脱皮するための議論をしよう【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(29)

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たった1週間で人類社会を完全に変えてしまったウクライナ情勢は、長らく軍備に慎重だったドイツに13兆円もの防衛費増強を決断させ、あの永世中立国スイスにもEUと協調する対露制裁を決定させ、スウェーデンやフィンランドではNATO加盟議論が再燃するなど、特に欧州での安全保障議論を大きく変える動きが出ています。

これだけの大事件が起きたのだから、世界中でそれに対応するための議論が巻き起こることは当然です。その中で、日本では「もう憲法9条は死んだ」というような議論を聞くようになってきました。

確かに20世紀の日本で大手を振って主張されていたような、

「憲法9条さえあれば誰も攻めてこない。攻めてきても国際社会が黙っているはずがない。だから自衛隊や米軍基地など要らない。外国が攻めてきたら俺が一緒に酒を飲んで説得する」

…といったレベルの空疎な理想主義はもう木っ端微塵に吹き飛んでしまった感があります。

いざ核を持つ大国が自己利益の為に攻め入ってきたら、 少なくとも当面は自分たちでなんとか防衛しないとどうしようもない。必死に抵抗戦を戦っていれば国際社会も助けようが出てくるが、無抵抗で降伏すればもうその大国の言いなりになるしかなくなってしまう。

そもそも、こういう事態に陥ってしまった根本的な理由として、プーチン大統領が「キエフ(キーフ)など3日で落とせる」と誤信してしまった事自体があるわけですよね。バイデン大統領が「ウクライナに米軍を送ることはない」とかなり早い段階で言ってしまったことで「舐められた」のが原因の一つだという分析も否定できない。

「平和を望むからこそ、軍事的均衡の緊張感を維持することは真剣に考えておかなくてはならないのだ」と、人類社会は「思い出した」ということは言えるでしょう。

結果として日本における「改憲論議」にも弾みがつくというか、この流れの中で「日本国憲法第9条」的な制約を外してしまいたいというムーブメントが巻き起こることは避けられない。

私は普段、細かい利害対立を乗り越えて「共通の目的」に向かって議論を整理し、二項対立の罵り合いに陥るのを避けながら成果を上げていくことを目指すことを得意とする経営コンサルタントとして仕事をしているのですが、そういう手法を応用して、今回は日本国の未来の安全保障における「憲法9条」的な課題について考察する記事を書きます。

読者のあなたは「どちらの側」の意見を持たれているかわかりませんが、特に「憲法9条を守りたい」というリベラル派の方に必要な議論はどういうものかについて考える材料になっているはずです。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。

1:リベラル側が「リアルな議論」から逃げ続けるなら「改憲は不可避」になる

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ロシアによる侵攻開始後3日で巨額の軍事費増額を決定したドイツのように、「ここまで大きなこと」が起きていたら何らか今までとは違う対処をせざるを得ません。

安倍元首相が、核兵器を同盟国同士で共有する「核シェアリング」を検討するべきという話をしたように、保守派からは色々と「軍備増強」のためのアイデアが出てくるのは当然だと言えます。

ここで「20世紀型の日本のリベラル」の良くないところは、具体的な議論から逃げて「倫理でマウンティングする」ようなことしか言わないことです。

「軍事的な均衡状態」が崩壊するとむしろ戦争の危機が高まることを理解し、戦争が勃発しないようにすることに奔走しているタイプの人に、

「お前はそんなに戦争がしたいのか!」

…というような批判をするというのが、「良くない議論」の典型的なものでしょう。

訓練をしている消防士に「お前らはどこかが火事になればいいと思ってるんだろう!」と難癖をつけるようなもので、こういう態度がむしろ余計に反感をかきたてて過剰な「軍拡」方向の論議を加速させてしまう事に我々は気づくべきです。

ここで「憲法9条をあくまで守りたい」人が取るべき議論は、以下のようなものです。

「“核シェアリング”方式でなくとも、既存の日米同盟の枠組みの中で核の抑止力を維持する方法はあるし、コスト的にも、国際社会の理解を得やすいという意味においても、その方が有益かつ現実的である」

こういう議論が主流になるならば(そう考えるリベラル派も少なからずいるので)、あとはもっと具体的な話を詰めていくだけでいいので無意味な過激化は避けられるようになる。

実際、防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏がツイッターで、「核シェアリング」賛成派もそれが実際にどういうものかを詳しく知らずになんとなく議論してしまっている状況を是正するための細かい背景知識を整理してくれています。

上記リンクから「連続ツイート」形式で読めますが、ざっくりまとめると、

「核シェアリング」はNATO諸国の事情に合わせた特殊な一形式にすぎず、それで必ずしも核抑止力が高まるわけでもない。今後の日本の対処については、核拡散の防止と抑止力の維持を実現する日米連携の事情に合わせて独自に考えるべきだ

…というような内容をさらに専門的な細部に踏み込んで整理されています。

実際にプーチン大統領が核の使用を仄めかして脅しに使っている現実がある中で、それに対抗する議論が出てくるのは当然ですよね。

そういう議論をしている人は、「なんとか人類が核を使わずに済む方法」を考えているわけなのに、そこで「被爆者の人たちの気持ちを考えろ!」みたいな反論をするのが一番問題を紛糾させるわけです。

被爆者の気持ちをちゃんと考えるからこそ、核抑止力の議論は当然必要です。そこのところごと否定して「倫理マウンティング」的なことをすると、議論が現実性を維持するためにどんどん「軍拡的」な方向に押しやっていくことになってしまう。

逆に「事あるごとに軍拡を目指す論者」よりももっと真剣に「核抑止力の維持方法」について考える姿勢を見せれば、はじめて議論が噛み合ったものになる。

私はこういう発想を「メタ正義」的な議論と呼んでいます。

あなたが持っている「ベタな正義」と同じぐらい切実な「ベタな正義」を相手も持っている。だからこそ「それを統合するメタな正義」に向かっていくことが必要なんですね。

次ページ 2:過剰な軍拡を避けたい人が考えるべき「メタ正義」の問い

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