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「20代男女の壮絶な対立」を顕にした韓国大統領選。二者択一の極端志向から脱却する道を考える【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(30)
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  • 2022.03.11
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「20代男女の壮絶な対立」を顕にした韓国大統領選。二者択一の極端志向から脱却する道を考える【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(30)

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3月9日に投開票が行われた韓国大統領選挙は、48.56%対47.83%と0.73ポイント差の激戦で、保守系の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補の当選が決まりました。

韓国は日本以上に「右VS左」の政治対立が激しい国で、保守系候補に再度政権交代することに対して、左派系の韓国人などが「最悪の性差別主義者が大統領になってしまった。絶望的だ、もう移民するしかない」といった悲鳴や絶望の声を上げているのをTwitterで見かけました。

特に今回の尹候補が「反フェミニズム」の主張を先鋭化させて票を集め当選したことに関して、韓国に限らず「韓国の民主主義に夢を託す日本の左派」のような人も暗澹たる思いを持っているようです。

しかし私は、こういう明確な「フェミニズムに対するNO」が直接選挙で出されるというのも、それはそれでフェミニズムに限らずリベラルな理想を社会に深く浸透させていくためには通過すべきプロセスなのではないかと感じています。

なぜなら、ここ10年ほどのアメリカ由来で世界中に広がったリベラル的理想主義は、あまりに「保守派」側にいる人間を見下し、非妥協的に侮蔑するような態度を取りがちで、作らなくても良い敵を作りまくり、地球上に何千万、何億人もの「絶対にリベラル派の理想を拒否してやる!」という強烈な憎悪を燃やす人々を増やしてきたように思うからです。これは別に韓国や日本に限らず、アメリカ社会ですらそうなっていますよね。

国をあげた公的な選挙で一度ここまで明確に拒否されてみれば、「そこまでの恨みの蓄積」の背後にある何かに考えを至らせる動きもまた出てくるでしょう(買いかぶりかもしれませんが、少なくとも一部にはそういう動きも生まれるはず)。

その「相互理解の難しさ」から逃げずに向き合う流れが生まれる時、韓国に限らず非欧米社会の人心に欧米的理想を溶け合わせていくための大事な手法を見出すことができるはずです。

そして同時に、そういう「非妥協的な糾弾姿勢を超える対話の文化」が醸成されていくことによってのみ、日韓関係の改善も、またはじめて可能になるはずだと言えます。

保守派の大統領になったからといって日韓関係が劇的に改善するということはあまり考えられませんが、「リベラル派の正義」が「その外側のもうひとつの正義」とお互いを対等に尊重し合った対話が可能な文化が東アジア全体で育っていけば、そこにはじめて「日韓関係の本質的改善」もまた生まれるでしょう。

「はじめまして」の方のために筆者の自己紹介を少しすると、私は学卒でアメリカの経営コンサルティング会社に入ったのですが、そこにある「グローバルに共通な手法」と「日本社会」との間の分断を超える視座がそのうち切実に必要になるなと思って、その後わざわざブラック企業やカルト宗教団体とかに潜入したりするフィールドワークをした後中小企業コンサルティング的な仕事をしている人間です(詳しいプロフィールはこちら)

私は韓国の専門家ではありませんが、「あらゆる面で進んでいるとされる欧米の文化」の押し付けが「非欧米」社会における巨大な摩擦を引き起こす現場…のような環境を数多く見てきました。その中で、どうすれば「どちらの理想も」取り入れることができるのか?について色々と実地に模索してきた人間として、今回の韓国大統領選には随分前から注目していました。

端的に言うと今回の選挙結果は、ここ最近の韓国の特徴であった「果てしなく他人を糾弾しまくる型の“正義”」を推進するムーブメントの曲がり角を表しているとは言えるかもしれません。

だからといってその「欧米由来の理想像」を一切諦めてしまう必要もないはずで、現地社会の人心や義理の連鎖をうまく活かした形で着実に実現していければ多くの人にメリットがあるのは言うまでもありません。

そういった視点から昨今の韓国政治を考察し、今後の東アジアにおいて「欧米的な理想」を着実に現地社会の民心と合致させていくために必要な配慮とは何なのか?という日本にとっても他人事ではないテーマと、今後の日韓関係について考える記事を書きます。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感。その探求のため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、カルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働く、社会の「上から下まで全部見る」フィールドワークの後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングで『10年で150万円平均給与を上げる』などの成果をだす一方、文通を通じた「個人の人生戦略コンサルティング」の中で幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に『日本人のための議論と対話の教科書(ワニブックスPLUS新書)』『みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか(アマゾンKDP)』など多数。

1:何事にも極端になりがちなのはいつものことだが…

今回の韓国大統領選挙の「対立のネタ」として、日本人の感覚からすると「やりすぎ」だと感じる人が多いのは、「反フェミニスト」の若い男性の票を取るために、尹候補が女性差別を解消しジェンダー平等を目指す「女性家族省」の廃止を提案をしたことではないでしょうか。

若年層の就職難が深刻で、住宅価格の上昇も重なる中、主に2年間の兵役が男性のみに課されることの不公平感から、昨今の韓国では「反フェミニズム」的な考えを持つ若い男性が多くなっていました。

そして高齢世代の保守票と中堅世代の革新票が打ち消し合う韓国社会の票の分布から言って、若い世代の投票行動が決定的な役割を果たすことが多いため、両候補が必死に若い世代向けの政策を打ち出す中、保守派の尹候補が反フェミニズム的姿勢を鮮明にし、対抗上革新派の李候補は親フェミニズム的な姿勢を鮮明にする事になった。

結果として、韓国放送3社の出口調査によると20代(正確には18〜29歳)だけ性別による投票行動の差が非常に顕著で、20代男性の58.7%が尹候補(李候補は36.3%)に投票し、一方20代女性の58%が李候補(尹候補は33.8%)に投票することになった。

30代以上の投票傾向は世代間差はあっても男女差はあまりなかったことを考えると、「20代男女だけに強烈な政治的分断」が起きていることがわかります。

ここまで男女の投票行動に差が出る選挙というのも、なかなか珍しいのではないでしょうか。

他国のことを簡単に断じるようなことを普段はしないようにしているのですが、この件については、ここまで分断がどうしようもなくなる前にもう少し手前で解決できる課題だったのではないかと思ってしまいます。

2:「二者択一の極端志向」から脱却しないと現実的な課題は解決できない

日本人的な感覚から言うと、

兵役その他の課題で男性側の不満が高まっているならそれはそれで対処すればいいし、一方で女性活躍推進に向けての課題に対処する「女性家族省」はそれはそれでやっていけばいい話なんじゃないの?何も片方だけ選んで逆側を廃止することないのに。

…という感想を持つ人が多いのではないでしょうか。今回の選挙とフェミニズムの関係についての米CNN記事で取材に答えた27歳の韓国人女性が、「大統領選挙でフェミニズムは、“解決するべき政治的課題”としてでなく、単なる“票の引き換え券”みたいに扱われている」と不満を述べていましたが、なかなか鋭い指摘だと思いました。

中小企業コンサルティングの中で、「グローバルな流行」と「ローカル社会の人心」をいかに溶け合わせながら実際に理想を隅々まで実現していくかについて苦労してきた私の感覚からすれば、ここまで「完全に敵と味方に分かれてしまった」段階で、まともな解決の積み上げなどは不可能になってしまうように感じています。

他国のセンシティブな話題に意見を言うのははばかられますが、この「兵役問題」をもう少し丁寧に扱っておけば、ここまでの分断にはならなかったのではないかとどうしても思ってしまいます。

この話題は、男性のみに兵役義務がある韓国において、「軍服務加算点制度(兵役を終えた男性に、公務員試験などで数%の点数が加算されていた制度)」が違憲判決を受けて廃止になったという話を聞いてからずっと気になっていました。

今でも一応戦争状態にあり、時々軍人の死者も出る韓国で、二年間の非常に厳しい兵役を男性だけが受ける上に、何の見返りもない状態が放置されているのは、あまり健全なこととは思えません。

もちろん、「入試とか試験の点数」にはとにかくシビアで、政治家の親族の大学不正入学がしょっちゅう日本人の想像を絶するレベルに大問題化する韓国では、その「数%の得点加算」というのが受け入れられないほど大きな問題なのかもしれません。

もしその「得点加算」は男女の機会均等的にやりすぎだと言うのなら全く別の何かでもいいけれども、「2年間の軍服務に対する感謝と敬意を社会として示すこと」だけは決して揺るがさない姿勢を示しておけば、ここまで社会を真っ二つに割る分断にはならなかったのではないでしょうか。

甘いことを言うようですがこういうところで問題なのは、「補償の実際のメリット」の部分もさることながら、その献身に対する「感謝と敬意」的なものも同じぐらい大事なんですね。

これは立場を変えても、女性側が伝統的に果たしてきた「献身」が正当に評価されていないことに対する怒りの反応に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。

昨今のアメリカ由来のリベラル派のやり方は、こういうところで「自分たちがやられて嫌なこと」を、逆向きに自分たちも敵に対してやっていることに無頓着すぎるように思います。

次ページ 3:「平均値でしかない統計数字」で論破した気になってはいけない

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